卒業生・保護者の声
ミュージカルが教えてくれたもの 2009年度卒業生K.D
僕は黄柳野高校での3年間、総合学習の授業でミュージカルを選択しました。演じたり歌ったりすることがもともと好きだったからです。
1年生では、「サウンド・オブ・ミュージック」。僕は7人兄弟の長男の役を演じました。敬語が苦手な僕は先輩に叱られることも多かった気がします。辞めたいと思ったことも何度もありました。でも褒められるとまた頑張ってみようという気持ちに変わっていくのです。初の公演を終えたとき、僕の中にあった辞めたいという気持ちは消え、またステージに立ちたいという気持ちに変わっていました。
2年生での演目は台詞のない「キャッツ」。台詞がない分、踊りが大変で、その踊りの大変さに仮病を使い1ヶ月以上寮に引きこもりました。友人が呼びに来ても練習に行くことが出来ませんでした。ある日、担任の先生が話し合いに入って出番を減らしてもらいました。同時に自分の思いを全部話してみました。出番が減っても練習は大変でしたが以前より皆が気にかけてくれる様になっていました。
そして、3年目。僕は伴奏者として参加しました。2年間は演じる側で伴奏は楽なんだろうな・・・と思っていましたが伴奏もとても大変なんだと身をもって体験しました。練習中に指がつることもしょっちゅうありました。出演者の相談も受けていました。みんな僕と同じようなことで悩んでいました。そして、本番。僕の伴奏で出演者が歌っていると思うと去年までとは違った緊張感を感じました。人との繋がりのようにミュージカルも1人では絶対に完成しません。支え合いながら初めて1つの作品になるのです。
僕にとってミュージカルとは、人との繋がりや絆などいろいろなことを教えてくれた人生の授業みたいなものでした。人は1人では何もできないのだと・・・
観劇してくださったたくさんの方々に心から感謝です。
そして最後に、貴重な定見をさせてくれた黄柳野高校と僕を受け止めてくれた先生達、友だちに「ありがとう」を送ります。
黄柳野でリセット 2009年卒業生T.S保護者
中学の時の息子は、学校では極力目立たないように過ごし、家に帰ったらゲームしか頭にないと言った感じでした。口数も少なく、まるで動く人形のようでした。このまま地元の高校へ行っても何一つ変わらないのではないかと不安に思っていたところ、黄柳野高校との出逢いがありました。全寮制の黄柳野高校では常に他人と時間を過ごすことになり、自我だけを通していたらトラブルは避けられません。息子が自分の欠点に気付くことのできるチャンスだと考えました。
中学3年の春、黄柳野高校のことを息子に話したとき、息子の返事は「No」と即答でした。私は「このまま地元の学校に行った場合と黄柳野高校に行った場合と大人になったときの自分を想像してごらん」と問いかけてみました。しばらく考えた息子は「地元の高校なら今と何も変わらない気がする。黄柳野高校に行って卒業までできたら、自信がついて変われるかもしれない」と小さく頼りない答えが返ってきました。
入学後、初めての帰省日。想像を超える変化で私たち家族を驚かせてくれました。ゲームばかりしてうつろな目をしていた息子が、目を輝かせて学校の話をしてきました。口数が少なく質問したときでさえ話をしなかった息子が、クラス代表になり生き生きとしていました。あまりの変化の大きさに、私は涙をこらえることができませんでした。
過去の自分を誰も知らない場所での再スタート。自分を上手に「リセット」できたのではないかと思います。そんな息子を「よく頑張ったね」と称えたい気持ちでいっぱいです。
黄柳野高校と出会い、息子はもちろんのこと、私たち家族にも良い刺激になりました。人との出会いをこれまで以上に大切にしていきたいと思っています。最後になりましたが、息子を応援してくださった黄柳野高校の皆様、ありがとうございました。
明るさと自信を取り戻した我が子 2009年度卒業生Y.S保護者
あっという間の3年間、この黄柳野での生活は、息子にとって大変貴重な時間だったと思います。小学校の頃からいじめを受け、中学で学校に行けなくなり、毎日暗い日々を送っておりましたが、黄柳野高校を知り、やっとの思いで入学したことがつい先日のように思い出されます。
入学式、校長先生の「人間関係の中で傷ついた人は人間関係の中でしか治すことができない」との言葉が今も心に残っています。
黄柳野での生活の中で様々なことがあり、その度に悩み、考え、スタッフや友人に助けてもらい、毎日葛藤もあったのだろうと思います。
感情の乏しかった息子の顔に豊かな表情がもどり、だんだんと明るさと自信をとりもどしていき、確実に心が成長していきました。
また、寮ならではの生活の中で自分なりに居場所を見つけ日々の生活を通し人の立場で考えることを学んだのだと思います。
きっと黄柳野での生活が人生の辛く苦しいときに大きな力になってくれると思います。そして、黄柳野で出逢えた多くの心優しい友だちは一生の友人になるでしょう。息子は本当に黄柳野が大好きで黄柳野に来て本当に良かったと言っています。
息子のように黄柳野を必要としている子どもたちはまだまだたくさんいます。そんな子ども達に大きな手を広げ、自分らしさを取り戻させてくれる、そんな高校であって欲しいと思います。これからも黄柳野をこころから応援しています。
3年間、たくさんの思いでと出逢いをありがとうございました。
黄柳野高校を選んで本当に良かったです 2009年度卒業生T.H保護者
息子は発達が遅く病院や訓練にずっと通っていました。小学校に入学する頃には、そんな生活からも卒業しましたが、のんびり屋で自分の気持ちをうまく伝えられない息子は学年が進むにつれいじめの対象になってしまいました。勉強もだんだん大変になっていきました。そんな息子の口癖は「どうせ何をやってもダメ」「どうせできないから」でした。何とか自信をつけさせたい、何とかしてあげたいという私の気持ちが、息子を余計に苦しめたような気がします。いつの間にか、息子から笑顔が消えていました。
縁あって黄柳野高校に入学し、寮生活は大丈夫だろうかという私の心配をよそに、「学校楽しいよ!」とニコニコしながら言う息子を見て、黄柳野高校を選んで本当に良かったと思いました。学校でのこんなに生き生きとして楽しそうな表情は見たことがなかったので、その表情だけでとても嬉しくなりました。
3年経って息子に大きな変化があったわけではありませんが、そのままの息子を受け入れてくれた先生や友だちがいたこと、自分を認めてもらえたことで、少しは自信がついたのではないかと思います。また、楽しいことも辛いこともあった寮生活は、息子を強くしてくれたように思います。「どうせだめだから」という言葉も聞かなくなりました。
また、私にとってもこの3年間はとてもいい経験になりました。いろいろな方々と出会う中、あせらずに息子を見守ることができるようになりました。これから出会う人は、息子のことを理解してくれる人ばかりではないかもしれませんが、強くなった息子を信じて、応援していきたいと思っています。
黄柳野高校で3年間を過ごして 2009年度卒業生K.T保護者
それは、5年前の夏。一学期、三者面談から始まりました。「お子さんが無断で欠席をしています」中学の先生の言葉でした。無断欠席を知らず、中学卒業までいろいろなことがありました。
それから私たちは「なんとか高校に行かせてあげたい!」という必死の思いでインタ−ネットで調べたり知人や友人に聞いてみたりしました。そんな不安を抱えているとき、黄柳野高校のホームページが印象に残ったのです。
早いもので三年間入寮、寮生活、通学させて頂きました。1,2年生の頃は先輩たちにも恵まれ順調かに見えました。三年になり、本人的には不安にあったり寮の仲間がうっとうしく嫌になったり、イライラし何度も家に帰りました。
私も暖かく迎えることが出来たり「また問題か・・・」と余裕なく子どもを叱責したりと疲れ果てたりしました。
そして、大人気なく不満を先生にぶつけ、先生方には大変失礼なこともしました。そんな先生に子どもも私も甘え信頼を寄せ、やっと卒業できました。
本人には「卒業できた自分を大いに褒めなさいよ!!先生、寮のスタッフ、事務の方々に感謝して進みなさいよ!!」と声を掛けている毎日です。
そして、この春、自分の夢と希望に向かい東京進出です。今までのことが全部良かったと思える様になれば、親としては嬉しいです。
黄柳野高校の皆様(先生方、寮のスタッフ、事務の方々)には本当にお世話になりました。主人も私も子どもも、とてもとても感謝しております。
ありがとうございました。